はじめに
トータルフォーカシングメソッド(TFM)対応検査装置の登場以降、非破壊検査(NDT)業界は技術の進歩により重要な革新の時期を迎えています。 TFM技法は、フェーズドアレイ超音波探傷試験(PAUT)テクノロジーに向けて重大な一歩を踏み出しました。 しかしPAUTに携わる一部の関係者には、TFMについて、またはそのフルマトリックスキャプチャ(FMC)との関係や、従来のPAUTおよびTFM/FMC処理の相違についてまだ混乱があるようです。 このアプリケーションノートは、PAUTイメージングをよくご存じの方に、TFMイメージングの基本的な知識を提供いたします。 簡潔で明瞭にするために、超音波伝搬モードに関係するものは取り上げていません。
従来のフェーズドアレイ超音波探傷試験(PAUT)によるイメージング
超音波フェーズドアレイの特徴は、試験体内の目的位置で音響ビームを集束および操作できることです。 フェーズドアレイの集束方法では、フェーズドアレイプローブの送受信素子の両方に遅延を適用して、発信された短い波長のタイムオブフライトを目的位置で同期します。 試験体内部の焦点ゾーンでは、生成される音響ビームの幅が狭くなり、対応する検出分解能が飛躍的に増大します。
物理的ビーム形成
従来のフェーズドアレイでは、送信時に基本音波を物理的に重ね合わせて、試験体内の特定集束深度に向けて音響ビームを生成します。 一連のトランスミッター素子が開口幅を形成し、そこから一貫した音響パルスが発信されます。 従来のフェーズドアレイ送信動作を「物理的ビーム形成」といいます。 例えばS-スキャンでは、ユーザーが指定した角度ごとに物理的ビーム形成のデータ収集が行われます。
合成ビーム形成
トランスミッター、散乱体、レシーバーの間にある音響ループの端部では、受信開口幅を構成する素子が、試験体から戻るすべてのエコーをA-スキャンとして登録します。 A-スキャンデータには、エコー振幅と伝搬時間が含まれています。 試験体の特定域で受信感度を増強するには、物理的ビーム形成によって集束されたかのようにA-スキャンを遅延させて積算します。 ただしこの場合は、すべての遅延と積算の処理をデータ収集装置のソフトウェアで行います。 この受信ビーム形成を「合成」ビーム形成といいます。 合成ビーム形成に必要なすべての計算は、専用のフロントエンド電子機器が実行するため、高速のリアルタイムイメージングが可能です。
従来のPAUTの制限事項
フェーズドアレイ集束の利点は、焦点ゾーンの感度が明らかに向上することであり、検出性能が局所的によくなります。 ただし、この増強された感度は、試験体内の制御可能ではあるものの固定された深さに制限されます。 焦点領域の外にある反射源はぼんやりと表示され、焦点区域に表示されている同一の反射源よりもやや大きく表示されます。
FMC:データ収集方法
TFM:画像再構成
TFM:高解像度画像の構成
トータルフォーカシングメソッド(TFM)とは、試験体内の指定された関心領域(ROI)において、フェーズドアレイの基本的な集束原理を体系的に適用したものです。 ROIは位置のグリッド(「ピクセル」)にセグメント化され、フェーズドアレイビーム形成による集束は、グリッド内にあるすべてのピクセルに対して行われます。 現在のところ、あらゆる位置ですべての深さに集束するこのROI画像の生成では、TFMが最も効率的な手法となっています。
ただし、物理的ビーム形成によるPAUTデータ収集方法をトータルフォーカシングメソッドに使用する場合、1つのTFM画像の生成に時間がかかるため、ほとんどのNDT用途に展開できません。 TFMを使用する場合、例えば画像を構成するピクセル数は、同じ関心領域を範囲とするS-スキャンの生成に必要な個々の角度数を大きく上回ります。 100個の角度をスイープするS-スキャンでは、物理的ビーム形成によるデータ収集が100回必要ですが、100×100ピクセルのTFM画像では、物理的ビーム形成によるデータ収集が10,000回必要になります。
この問題を回避するため、もう一つのデータ収集方法を使用します。この方法では、送受信の両段階で合成ビーム形成を行うことにより、グリッド内の振幅値が計算されます。 この方法で必要となるのは、ROIグリッド全体の各ピクセル位置に対応する一連のフォーカルロウと、未加工で一連の基本波形(基本A-スキャン)です。 この一連の基本A-スキャンを効率的に収集する方法が、フルマトリックスキャプチャ(FMC)データ収集です。
FMC:効率的なTFM用のデータ収集方法
フルマトリックスキャプチャ(FMC)は、トランスミッターおよびレシーバープローブ素子すべての個々のペア間で、すべてのA-スキャン(振幅時系列)を取得するデータ収集プロセスです。 これらの基本A-スキャンはFMCデータセットに保存されます。 最高の集束結果を得るには、プローブの開口幅全体を構成するすべての素子を使用して、合成ビーム形成によりFMCデータセットを生成する必要があります。 この場合、FMCデータセットの構築に必要なデータ収集回数はプローブの素子数と同じになります。 FMCデータセットには、界面での反射や欠陥による散乱など、プローブの各素子間の全音響伝播情報が含まれます。 どのタイプのPAUTデータ収集も、適切に遅延を選択したFMCデータセットから再構成できます。これには、セクタースキャン、平面波イメージング(PWI)、動的深度集束(DDF)、トータルフォーカシングメソッド(TFM)などがあります。
FMCデータ収集プロセスを使用することにより、画像生成に必要なデータ収集回数はPAUTとほぼ同じになりますが、個々のFMCデータセットを処理するには、かなりのストレージ容量、転送帯域幅、計算能力が必要です。 使用する電子機器によっては、従来のPAUTよりもTFM/FMCの結果取得が遅くなることがあります。
実験的症例におけるPAUTとTFMの画像間の違い
PAUTとTFMのイメージングの違いを説明するため、リニアフェーズドアレイ(PA)プローブを使用して、鉄鋼ブロックに垂直に配置された同一の横穴(SDH)をスキャンするセットアップを以下に示します。
同一の検査構成(OmniScan™ X3探傷器、5L64-A2プローブ、SA2-N55S-IHCウェッジ、32素子開口幅)で取得されたPAUT S-スキャン(a)とTFM画像(b)。
PAUT S-スキャン(a)では、各A-スキャンは一意の集束深度22 mmを使用して収集されます。 焦点領域にあるSDHは同程度の振幅とサイズで表示されます。 集束深度から遠くにあるSDHは、ゆがんで低い振幅で表示されます。 この試験体内にあるすべてのSDHをさらに均一にサイジングするには、さまざまな集束深度を使用した複数の画像が必要になります。
TFM画像(b)では、超音波ビームの焦点は各ピクセルとなります。 ご覧のとおり、各SDHは最適な分解能で示されています。 ただし、関心領域の端部にあるSDHには、ややゆがみが見られます。 このようなゆがみは、PAUTおよびTFMイメージングの両方に共通するビーム形成プロセス固有のものです。
TFMとPAUTの考察のまとめ
TFMの主な利点は、ビームの焦点領域のみで高度に分解する、PAUTによる画像と比べて、画像全体を焦点が合った振幅で表示できることです。
従来のPAUTでは受信側のみで行われる合成ビーム形成が、TFMでは送信段階でも行われるため、データ収集速度がNDTの要件を満たすようになります。 合成ビーム形成では、FMCにより収集される基本A-スキャンに対して特定の遅延を適用する必要があります。 FMCデータセットは、PAUTとTFMの両方を含む、あらゆる合成ビーム形成に基本データを提供できます。
TFM画像を生成するには大量のFMCデータを処理する必要があるため、必然的にトータルフォーカシングメソッドは同じ開口幅のPAUTより生産性が低くなります。
TFM画像は関心領域全体で高度に集束するものの、PAUTを妨げるのと同じ音響制限による影響を受けます。 振幅の変動とゆがみはPAUTとTFMの双方で見られますが、試験体内の同一の散乱体に対する探傷では、トータルフォーカシングメソッドの方が一貫性のある結果となります。