対物レンズは光学顕微鏡の基本的な性能・機能を決定付ける最重要光学ユニットです。そのため、様々なニーズやアプリケーションに対して最適な光学性能・機能(これがそのまま光学顕微鏡にとっての最重要性能・機能となる)を提供すべく、目的に応じた実に様々な対物レンズが用意されています。
対物レンズは基本的に、使用用途・観察法・倍率・性能(収差補正)によって大別されます。中でも、収差補正の考え方による分類は顕微鏡対物レンズの特徴的な分類です。
光学顕微鏡の 用途は、「生物用」と「工業用」の2つに大別されます。対物レンズの分類においても、この類別が適用でき、「生物用」対物レンズと「工業用」対物レンズに 分けられます。生物用途における一般的なサンプルは、スライドガラス上に生物サンプルが置かれ、上からカバーガラスで封止し固定されています。生物用対物 レンズは、このカバーガラスを通しての観察に用いられる為、カバーガラスの厚さ(一般的に0.17mm)を考慮した光学設計が施されています。一方、工業 用途においては、金属鉱物切片や半導体ウエハ、電子部品などのサンプルに何も被せない状態で観察することが一般的です。そのため工業用対物レンズは、対物 レンズ先端とサンプルの間にカバーガラスがない状態に最適化された光学設計がなされています。
光学顕微鏡に は使用用途に応じて、様々な観察法が開発され用意されています。この観察法に応じた専用の対物レンズが開発されており、この観察法により対物レンズの分類 がされています。例えば、「落射暗視野用対物レンズ(内部レンズ周辺部に輪帯状の照明光路を付加している)」、「微分干渉用対物レンズ(レンズ内部歪を小 さくし、微分干渉プリズムとの光学特性組合せを最適化している)」、「蛍光用対物レンズ(近紫外域の透過率が改善されている)」、「偏光用対物レンズ(レ ンズの内部歪を極めて小さくしている)」、「位相差用対物レンズ(内部に位相板を内蔵している)」などがあります。
光学顕微鏡は レボルバと呼ばれる部位に対物レンズを複数装着して使用されます。これを利用して、レボルバを回転させるだけで低倍率から高倍率へのスムーズな倍率変換が できるよう、倍率の異なる対物レンズを組み合わせて装着することが一般的です。このため、対物レンズには低倍率域(5倍、10倍)、中倍率域(20倍、 50倍)、高倍率域(100倍)の中から一般的なラインアップが構成されています。このなかで、特に高倍域においては、高解像を得るために対物レンズ先端 とサンプルの間にイマージョンオイル・水などの屈折率の高い専用液体を充填して観察する液浸用対物レンズも用意されています。また、特殊用途用に極低倍率 域(1.25倍、2.5倍)や超高倍率域(150倍)などもあります。
色収差補正による分類(等級)
軸上色収差の補正の程度に応じて、アクロマート、セミアポクロマート(フルオリート)、アポクロマートの3つの等級に分けられます。ラインアップ上でも順に普及クラスから高級クラスとなり価格にも差があります。
軸上の色収差補 正において、C線(赤:656.3nm)ならびにF線(青:486.1nm)の2色に対して補正がなされている対物レンズをアクロマート (Achromat)と呼びます。この場合、2色以外の光(一般的に紫のg線を対象とする:435.8nm)は、ピント面よりも離れた面でフォーカスを結 びます。このg線のことを2次スペクトルと呼び、この2次スペクトルまで補正を良好に行った対物レンズが、アポクロマート(Apochromat)と呼ば れます。つまり、アポクロマートは3色(C線、F線、g線)にて軸上の色収差補正がされている対物レンズとなります。下記図にアクロマートとアポクロマートの色収差補正の違いを波面収差で示します。これを見るとアクロマートに対してアポクロマートがより広い波長範囲に対して収差補正がなされているのが分かります。
色収差補正の比較(アクロマートとアポクロマート)
一方、この2次スペクトル(g線)の色収差補正の程度が、アクロマートとアポクロマートの中間に設定されている対物レンズは、セミアポクロマート(あるいはフオリート:Fluorite)と呼ばれています。
顕微鏡対物レンズの光学設計においては、一般的にN.A.が大きくなればなるほど、また、倍率が大きくなればなるほど、2次スペクトルの軸上色収差補正が難しくなってきます。更に軸上色収差以外の諸収差ならびに正弦条件の補正も十分に行わなければならず、その難しさはさらに増します。そのため、高倍率のアポクロマート対物レンズほど、収差補 正のためにより多くのレンズが必要となり、15枚を超えるレンズで構成されている対物レンズもあります。2次スペクトルを良好に補正するには、構成される レンズのうち、パワーの強い凸レンズに2次スペクトルまでの色分散が少ない「異常分散ガラス」を適用するのが有効です。この異常分散ガラスの代表的なもの が蛍石(CaF2)ですが、この蛍石は加工性に難があるものの、古くからアポクロマート対物レンズに採用されています。昨今、この蛍石の異常分散性に非常 に近い特性をもつ光学ガラスが開発され、加工性も改善されたため、蛍石に替わって主流として用いられるようになってきています。
像面湾曲収差補正による分類
顕微鏡の使用において、写真撮影やテレビカメラでの撮像が一般的となってきており、全視野にわたり像が鮮鋭であることが要求されるようになってきている。そのため、像面湾曲収差を良好に補正したプラン(Plan)対物レンズが主流として使われるようになってきています。像面湾曲収差を 補正するためには、ペッツバール和が0になるように光学設計を行いますが、特に高倍率対物レンズになるほどその補正が難しい傾向にあります。(他の諸収差 の補正との両立が難しい)そのような補正が施された対物レンズでは、先端群におけるより強い凹パワー形状ならびに最後群における強い凹パワーの配置構成が レンズタイプ上の特徴となっています。